郊外の、駅からバスで10分ちょっとの低い高台に住んでいます。
家をさがしていたとき、内覧で窓から見た景色に惚れて、少し不便なこの場所を選びました。
ときおり屋上のベランダに出て、単純な空の写真をおさめたりします。
わたしは写真が趣味で、妻は花を生けるのが趣味のひとつです。
どちらも、創りだすものではなく、そこにあるものを切り取って作品にするということが共通点ですが、反面、
写真が、ある瞬間をとどめて残すという感傷的な行為だとすれば、生け花はその美しい瞬間から刻々と終わりへと向かう潔い芸術で、まったく逆な性格を持っているように思えます。
思うままに生けて、花が朽ちればそれで終わりで、わたしと妻しか盆の上に生けられた花のみじかい姿を知りません。
「もったいない」とわたしはその花を写真におさめるけど、たぶんその未練な花の写真には、妻はそれほど興味はないんだろうと思います。
考えると、
生けた人しか見ない花に限らず、夜だけ咲いている花もあれば、
わたしが窓の外を見ていないときにも「もったいない」美しい瞬間があらわれては消えているはずで、、、
そんなソワソワした想像をするわたしには、やはり瞬間をのこす写真が向いているんだと、あらためて思いました。
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9月、10月のカレンダーは、WEBデザイナーのOさんがつくりました。
日々、わたしの不条理な命令や、乱暴な指示を一手に受けて、粛々と対応してくれています。こっそりとは、申し訳なく思っています。
会社でははじめての美大出身の新卒で、
今回のビジュアルは、面接前、丁寧な文章と一緒に送られてきたポートフォリオにあった作品の流れを組むもののように思います。