#1 イントロダクション
吉永小百合の写真集の横、特等席に居座るのは、『仲畑広告大仕事(講談社 1993)』。
一回解体されて再構築されたような佇まいは、
どこぞやでこの本を手にした時からだ。
最初にページをめくったときから、
その広告のもつエネルギーに何度となく衝撃をくらった。
バブル絶頂期を迎えた80年代は「広告の黄金期」と呼ばれ、
あらゆる企業の広告で名作が生まれたとされる時代。
当時はまだ子供だったけれど、
こんな広告が街に溢れている時代に颯爽とあるいてみたかった。
Webディレクターの私がポスターをつくりたいなんて思ったのは
お察しの通り、この本との出会いが始まりである。
どれをとってみてもコピーライター仲畑貴志氏のそれこそ「大仕事」がキラリと眩しすぎる。
掲載されているのは、もう20〜40年近く前の広告だ。
もう既にそのモノやサービス自体がなくなってしまったものもたくさんある。
それなのに、当時、いち消費者の、さらに子供だった私の脳裏にしっかり焼きついていたりするから、
それは普通のことではないと思う。
私がこの業界に飛び込んで、もう十数年が経つ。
ずっとWeb畑だ。
広告制作は、ポスターなどの紙モノからスタートすることが常である。
(今はそうでもなくなってきているんだけど、それはまた今度。)
バシッとコピーをキメこんだ美しい絵のたすきを託される。
その絵の世界観を保ちながら、いかに正しく美しくコンテンツを見せるかが面白くって無我夢中で走っているのだけど、
前走者がどんなコースを走っているのかは興味津々なのである。
Webディレクターという立場だからといって
そこに携われないわけではない。
案出しに参加できる機会はたくさんあるし、
100本ノックで生き残った自分の案が、精鋭チームによってピッカピカに磨かれて、CMになる寸前までいったこともあった。
自社の年賀状デザインを決めるべく、チーム対抗のコンペが開催されれば、
仲畑氏の影響をもろに受けた、少々攻めた案を忍ばせ、
デザイナー達を巻き添えにしてきた。
が、いまだに最後まで勝ち取れたことがない。
「『やってみたいをやってみた』に満足していないかい?」
「『攻めた』その先に勝算はあったのかい?」
内なる自分が痛いところをついてくる。
さらにこう続けてくる。
「それなら一度自分がクライアントになって、誰かのために本気でつくってみたらいいんじゃない?」
と。
#2 一人ネタ会議
さっそくネタ探しからすることにした。
といっても、一人だけだ。
このポスター制作を決意するのと同じくらいに
もう「これだ!」と思うものが実はあった。
写真ドーン、半分は筆文字でうめつくす大胆で贅沢な構図。
サントリー樹氷のポスターだ。
当時、そのCMを見たことはないし、
田中裕子さんがどんな存在だったのかもよく知らない。
だけど、どうみてもかっこいいものはかっこいい。
筆文字に惹かれるのは書道が好きだからだ。
「好き」に一直線に突き進める快感。
この感覚は完成するまでに忘れずにいたいものだ。
ポスター制作が初体験の身としては、このパロディで十分。
だけど、ポスター制作を本気ですると決めんたんだから、
妥協せずにやりたいことをしよう。
筆文字のコピーは、ストーリーや情景が勝手に思い浮かぶものがよかった。
そして、当たり前に存在する言葉で、
それを見た人が経験していなくても共感できるものがいい。
俳句や短歌にいっそ手をつけてみるのもいいが、
自由に表現できる詩的なものがいい。
なにはともあれ、さっそくシチュエーションづくりからやってみることにした。
シチュエーション
結婚7年を迎える夫婦。
子供が産まれてからは子供中心の生活に激変した。
(そこら中によくある話。)
夫とちょっとだけ贅沢なご飯を食べに行き、
ごちそうになった。
同じ生計の中からとはいえ、
どちらの財布からお金を出すかで
「おごる」「おごられる」がなんとなく成立する。
会計している間、妻は先に店の外に出て待っている。
妻は普段からおごられ慣れていないのもあってか、
お会計時の所作は不慣れな様子。
お腹いっぱい満たされた幸せな気持ちと、
ご馳走してもらったときの
なんだかこっぱずかしい居場所の無さを感じている。
こんな感じである。
欲を言えば、妻から夫への恋文的な意味合いがあってもいい。
そう考えるとやはり元ネタの影響は大きい。
シチュエーションは決まった。というか、決めた。
さて、どうしようか。
この仕事をしていると、広告のコピーが
いかに難解で奥深いかはよく知っている。
それを自力で考えていては、
このプロジェクトの終わりが目に見えている。
だけど、このポスターのクライアントは自分。
自分が納得したいし、自分も考えたい。
・・・と、ずっと考えていたら、
ある男のInstagramの投稿が目にとまった。
あ、彼がいた!頼んでみよう。
つづく